なぜ数学は生活の役に立たないレベルで難しいのか?

数学

「数学なんて何の役に立つの?」という声が聞こえてくることがあります。

はっきり言って、「(高等)数学なんて生活する上では何の役にも立たない」です。

それでは、なぜ人間が生活する上で不必要な「数学」という学問が発展したのでしょうか。

一つには、数学は現代の生活を支える科学技術や製品を生み出す上で必要だったからです。

確かに、ものづくりやITなどを深く学ぶためには、数学を理解することが必要になります。

しかし、現代の抽象的な数学は、実用上の意味が想像もできない難しい理論が存在します。

こうした高等数学に対して、将来的にその理論を応用する日が来るという意見もあります。

基礎研究が実用化に至るまで長い年月がかかることもありますので、部分的に正しいです。

一方、将来的に役立つことを目指して数学を研究するかというとそれだけと言えないです。

数学者の中には、常人に想像できないくらいとんでもなく難しい理論を考える人がいます。

こうした人間が生活する上で不必要なレベルで難しい数学を考える人が生まれる理由について、「数学のノーベル賞」とも呼ばれる「フィールズ賞」を日本人として初めて受賞した小平邦彦先生は、「怠け数学者の記」という自伝の中で、進化論の淘汰圧に言及し、生きるために必要な能力は、どの個体も一様に求められるので能力に個体差のばらつきが少なくなるが、生きるために不必要な能力は進化論における淘汰圧が働かないので、個体差が激しくなるといった趣旨の言葉を述べています。数学だけでなく、純粋科学も同様に「人間の純粋科学を理解し研究する能力もこのような過剰能力と考えれば、一万年の昔に全く無用であった能力を具えていても不思議ではないことになります。(同書、p.65)」と指摘しています。小平先生は数学をするためには「視覚」や「聴覚」のような「数覚」という直感的な感覚も必要だと主張しています。

「数学は役に立つのか」「基礎研究は役に立つのか」という質問に対し、「将来的に役立つ」という回答だけでなく、そうした理論が生まれる理由を進化論と関連して「人間は生活に不必要な過剰能力を持つ個体がいたからこそ豊かな文明を築けたのだ」という見方も提示できると、「なるほど。普通に考えて役に立たないレベルの難しいことを考える個体が生まれても仕方ないか。少なくとも自分はそういった個体ではなさそうだし、難しいことは訳のわからん個体に任せておくか。代わりに難しいことをやってくれてありがとう」と割り切ると、意味不明な数式と出会っても、わからないことに引け目を感じなくなり、精神的にも楽になるのではないでしょうか。

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