哲学

カフカ的迷宮としてのツイッター

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カフカの作品は一種の「迷宮」になっています。

官僚制の機能不全-中央電話局の不在-が如実に表されているという意味において、です。

しかし、中央電話局の不在を実感するもっと簡単な方法があります。

それは、手元でツイッターのタイムラインを眺めるという方法です。

そこは、人間を狂わせる魔力があるとしか思えないような場所です。

「効率的な」資本主義におけるコールセンターとの「非効率的な」やり取りは、資本主義リアリズムの象徴とみなされます。

私たちが資本主義における中心の不在を最も身近に直接体験できるのは、コールセンターとのやり取りだろう。後期資本主義における消費者として、私たちはますます二つの異なる現実に存在するようになる。一方では何の支障もなくサービスが提供されている現実があり、もう一方には全く別の現実、コールセンターという正気を失うようなカフカ的迷宮がある。

マーク・フィッシャー、資本主義リアリズム、p.159、堀之内出版

資本主義リアリズム

一方、「効率的な」広告の配置と、「非効率的な」意思疎通の点から、ツイッターこそ真に「カフカ(過負荷)的迷宮」だと言えそうです。この記事が書かれている土曜日の朝、「(食費は)月700円」と「収入1千万円減」がトレンド入りしました。

正気を失うような苦しみに満ちた叫び声が聞こえる中、それでも誰かに「何か」を伝えたい、届けたいことがあるときだけ、ツイッターという迷宮に踏み込んでみても良いでしょう。(ただし、精神衛生上あまりよろしくないことを覚悟しながら。)

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